「闇金ウシジマくん」は暴力描写や深い人間の闇を描かれた人気の作品である。
その描写がリアルすぎる為に”救い”がないドラマだと思われがちな作品でもある。
今回はそんな「闇金ウシジマくん」のエピソードの中でも比較的”救いがある回”についてご紹介したい。
- シーズン1:板橋編
- シーズン2:中田編
- シーズン3:小瀬編
- 映画:闇金ウシジマくん ザ・ファイナル (竹本)
「闇金ウシジマくん」と同じ作者・真鍋昌平原作の「九条の大罪」についてこちらでも書いています。👇
本記事における「救い」とは?
「闇金ウシジマくん」といえば、救いのない展開や後味の悪さが特徴の作品として知られている。
その為、「救いがある回」と聞くと、ハッピーエンドのような展開を想像する方もいるかもしれない。
しかし、本記事でいう”救い”とは、単なるハッピーエンドを指すものではない。
たとえ状況は好転しなくても、登場人物が現実と向き合い、自分の過ちを受け入れる事。
あるいは、どん底の中でもわずかにでも前に進もうとする意志が見える事。
そうした「人としての変化」や「再出発の兆し」を本記事では”救い”として捉えている。
決して優しい世界ではないからこそ、その小さな変化が強く印象に残る。
本記事では、そんな視点から「闇金ウシジマくん」のなかでも比較的”救い”があると感じられるエピソードを紹介していく。
各話見どころ
シーズン1 板橋編
大学からの同期の小堀を利用し、自分の借金の保証人に仕立て上げようととしていた板橋。
仕事も頑張らず、苦しい現実から目をそらし、のらりくらりと借金だけを膨らまし続けていた板橋だったが、
最後の最後で人として踏みとどまる。
そこにたどり着くまでの板橋は”人間の屑”としか言えなかった。
板橋が助かるには小堀に会社で不正を働いてもらうしか道はない。
今までの板橋ならば躊躇なく頼んだだろう。
小堀を呼び出した板橋だったが、何も言わないままだった。
優しく自分を案じてくれる小堀に何も言えなくなったのだ。
板橋が踏みとどまったことにより、少しだけ”救い”が生まれた。
それは小堀にとっての”救い”でもあるが、板橋自身への”救い”でもある。
もしかしたら生きて戻ってこれないかもしれない。
そんな旅路へと板橋が旅立ったのは、唯一自分を信じて許してくれた小堀を守る為の決断だった。
どんなにクズであろうとも、一抹の良心は持ち合わせているという話だと思う。
シーズン2 中田編
”有名になる”ことだけを夢見ている中田。
付き合う女も”読モのパピコ”と自分のランクを上げることだけを考えている。
自分を裏切ったパピコに手ひどい仕返しをし、どんどん闇に落ちていく中田。
そんな中、自分のショップを持つという夢を叶え、ようやく運が味方をしたと思っていたのだが
それは詐欺だった。
そんな中田の事を、必死で助けてくれたのがルームメイトの”きみのり”だ。
結果的に中田もきみのりも悲しい末路になってしまったのだが、
途中、心が離れてしまっていた二人が、”友達を守る為に”ととった行動が、
とることが出来た行動が唯一の”救い”だったのではないかと思う。
シーズン3 小瀬編
人生楽をすることだけを望んでいる小瀬。
生活保護で暮らしている小瀬はたまたま知り合った二人の青年に誘われ、老人相手の便利屋をする流れに。
今まで必要とされていないと感じていた自分を、老人たちは”凄い!””助かる”と褒めそやしてくれる。
特技を活かして”老人相手のパソコン教室”を行うようになる小瀬。
やりがいを感じていた小瀬だったのだが、思いがけず詐欺の片棒を担がされていた。
”人の役に立つ仕事がしたい”
初めて小瀬が感じた気持ちだった。
老人たちの役に立ちたい。
友達のことも救いたい。
おそらく小瀬が人生で初めて感じた感情だろう。
「責任を取る」という事を学んだ小瀬。
それだけでも十分に救いがあったのではないだろうか。
番外編:映画「闇金ウシジマくんザ・ファイナル」
丑嶋の中学の同級生・竹本。転校してきた丑嶋に唯一優しくしてくれた人間だ。
この作品中で最も切ないのがこのエピソードではないだろうか。
竹本はとても優しい人間だ。
給料もろくに払われない貧困ビジネスで働いている竹本は、
同室の男を病院に連れて行きたいという理由で丑嶋にお金を借りに来た。
他にも大勢連れてお金を借りに来た竹本。
丑嶋に恨みをもつ鰐戸3兄弟の差し金で借金をさせ、それを踏み倒すのが目的だった。
竹本はまっすぐな人間なので、もちろんそんなことに手を貸すのは嫌だった。
だが、怪我で苦しんでいる同室の男を見捨てておけなかったーー。
結果、すべての借金の責任を負って竹本は、”生きては帰れない”と言われている職場へと連れていかれる。
丑嶋と柄崎に見送られて。
丑嶋はきっと辛かっただろう。
今までのどのシーンよりも辛さをこらえているように見えた。
「もういいよ。」
どんなに言いたかったことだろう。
丑嶋の中には曲げてはいけないルールがある。
それがなんなのかは到底理解は出来ない。
だが、その信念を守る為に身を切るよりも辛い決断をしたことだけはわかった。
救いがある回に共通するポイント
ここまで紹介してきたエピソードには、いくつかの共通点がある。
- 誰かに助けられるのではなく、自分で現実と向き合っている。
- 状況が好転しなくても、心境に変化が生まれている。
- 優しさではなく、厳しさの中に救いがある。
「闇金ウシジマくん」における救いとは、わかりやすいハッピーエンドではない。
むしろ、どうしようもない現実の中で、それでも逃げずに向き合おうとする姿にこそ価値がある。
だからこそ、そのわずかな変化が強く心に残るのだろう。
「闇金ウシジマくん」はこちらから視聴できます。↓
まとめ
「闇金ウシジマくん」は、決して優しい作品ではない。
むしろ、人間の弱さや愚かさを容赦なく突きつけてくる作品だ。
それでも本記事で紹介したように、物語の中には確かに”救い”と感じられる瞬間が存在する。
それは、誰かに助けられることではなく、自分自身と向き合った結果として生まれるものだ。
だからこそ、その小さな変化がリアルで、強く印象に残る。
「闇金ウシジマくん」をただの”救いのない作品”として見るのではなく、
登場人物のわずかな変化や洗濯に注目してみると、また違った見え方が出来るかもしれない。
「闇金ウシジマくん」についてはこちらでも書いています👇


