九条が悪人を弁護する理由は「弁護士の役割を極限まで引き受ける」という信念にある。
普通に考えるのならば、”悪人を弁護する”という事は金銭目的である場合が多い。
だが、九条は誰が相手であろうとも「33万円」の報酬しか受け取らない。
そのことからも自身の信念を貫くために弁護をしていることがわかる。
九条はなぜ悪人を弁護するのか
「依頼人を守るのが弁護士の仕事です。」
これは九条の決まり文句である。
悪徳弁護士だなんだと罵られるたびに、九条はこのセリフを吐き
相手を煙に巻く。
九条の行動を一言で表すなら、こうだ。
”悪人であっても必ず弁護はしなければならない。
だったら、その役割は自分が引き受ける”
ドラマの渦中で九条が漏らした本音だ。
九条の信念とは何か
九条の文言の端々から透けて見えるのは、”悪人の味方をしたいわけではない”という事。
世の中に困っている人がいるのならば、自分が引き受けることでその”困っている人”を
少しでも減らしたい。
弁護士ですらも九条においては”助けるべき人”に含まれている事がわかる。
九条の過去が影響している?
ドラマ「九条の大罪」を観た限りでわかることは、自身の家庭に問題を抱えているという事。
父や兄も法曹界の人間で、九条の事を”出来損ない”扱いしており、
「悪人ばかりを弁護する」という事に激しい嫌悪感を抱いている描写がある。
だが、九条自身も父と兄に嫌悪感を抱いており、自身の信念を貫き続けている。
烏丸との対比で見える価値観
烏丸は九条の良心を映す鏡である。
”自身の正義”を貫くためにはあらゆる矛盾を飲み込まねばならない。
きっと信念が揺らぐこともあるだろう。
そんな時、まっすぐに正義を追い求める烏丸の存在は、九条の立ち位置を揺らぎなく
立ち戻らせてくれる役割がある。
九条の信念が現れたシーン
九条の本音は、後半になるにつれて徐々に漏れてくる。
烏丸が事務所にきたことにより、より人間味が出てきたからだ。
九条の信念が表現されているのはやはり、10話のラストシーンだろう。
「弁護士は誰かを助けたら、誰かを不幸にする。
だったら、その罪は自分が背負おうと思う。」
人としての九条間人は正義との間で迷っているが、
弁護士としての九条間人はそう腹を括っているのだ。
九条は冷酷なのか、それとも優しいのか
九条は決して冷酷な人間ではない。
冷酷な人間は、人の痛みなど気にしない。
自分が引き受ける事で「苦しむ人間が減る」という考え方は決してしないだろう。
自身が弁護した依頼人(悪人)を弁護したことにより、不幸になる被害者がいる。
それをわかった上で薬師前に”救いの手”を差し伸べさせる。
自分が考える弁護士としての存在意義と正義との狭間でとる矛盾した行動だ。
その九条の行動がぎりぎりの精神状態を表現している。
まとめ
「九条の大罪」における九条は、決して”悪人の味方”ではない。
彼はあくまで、弁護士としての役割を極限まで突き詰めた結果、
”誰も引き受けない依頼”を背負っているに過ぎない。
その行動は時に冷酷に見え、時に矛盾を孕んでいる。
しかし、その根底にあるのは「困っている人を減らしたい」という歪でありながらも
一貫した信念だ。
正義とは何か、弁護士の役割とは何か。
九条という存在は、その問いを視聴者に突きつけ続けている。
だからこそ「九条の大罪」は、単なる法廷ドラマではなく、人間の倫理そのものを問う作品となっている。
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